2008年08月18日
硫黄島からの手紙 -将校は3皿-
硫黄島からの手紙

8月は、日本人にとって、慰霊と鎮魂の季節。
昨年、公開された映画「硫黄島からの手紙」は、ハードボイルド俳優で広く名の知れたクリント・イーストウッドの監督作品です。
「ダーティ・ハリー」クリント・イーストウッド。
私は、この俳優のファンですが、映画監督としても、すばらしい才能の持ち主だと実感しました。
「硫黄島からの手紙」は、太平洋戦争中の硫黄島の激戦を、日本側から描いています。
なので、全編ほとんど日本語の映画。
アカデミー賞では、音響賞しか取りませんでしたが無理もない。
アメリカでは、字幕付きというスタイルが映画の見方として確立されていないそうです。
この映画では、また、渡辺謙、二宮和也、伊原剛志、中村獅童といった日本の俳優陣がすばらしい演技を見せてくれます。
とくに、二宮は、橋田すが子先生が絶賛したそうですが、おばちゃんの若い子ビイキではなく、確かに優れた熱演です。
(でも、「渡鬼」には出さないでね。。。)
ちょっと、ためらいがちなような、ちょっとニヒルで、ちょっとさめた演技は、織田ゆうじとかより格段上だと思います。
そのほかにも、はじめのほうで、栗林中将と対立して去っていく海軍の将軍役とか、知らない日本人の俳優でいい演技をする役者さんが何人もいて、何か新鮮な感じでいいです。
外国の映画で、日本人がでてくると、恥ずかしい思いをすることが少なくないのですが、イーストウッドは、ステレオタイプを廃し、非常にキチンと、かつ尊厳ある姿で、日本の軍人たちを描いていると思いました。
硫黄島からの手紙には、忘れがたいシーンがたくさんありますが、
私には、栗林中将(渡辺謙)がバロン西(伊原剛志)と食事をするシーンが印象に残っています。
そこで、カラのお皿が並べられているのですが、
それは、おかずは、兵と同じ1皿でよいと将軍が言っているのに、
「将校は3皿(みさら)」というルールのためなのです。
それでも、日本軍の食事なんてのは、実に質素なもので、
白米にタクワン、メザシというのが定番でしょう。
映画でも、お皿には、唯一のオカズとして、なんか実に貧相なものが、のっかってました。
一方、思い出すのが、フォルカー・シュレンドルフ監督&ジョン・マルコヴィッチ主演の映画「魔王」にでてくるフランス軍将校の食事風景です。
将校が、部下の兵卒にワインを給仕させつつ、優雅に豪華なディナーをとっているのですが、
いつの間にか、先回りした電撃作戦のドイツ軍兵士に包囲されている、、、というシーンでした。
「同じ釜の飯」といったりしますが、将校が兵隊と同じものを食べていない軍隊は、そうでない軍隊には勝てないだろうなとおもいます。
そういえば、私が前いた会社の忘年会がホテルであったとき、一般社員は、バイキングで立食でしたが、役員連中は別テーブルで、コース料理を食べてました。それって、有り得ないくらいに腐っていると思いません?
私には、映画の中にでてくる食事のシーンが、よく印象に残ります。
「2001年宇宙の旅」でも、月面を高速移動する宇宙船の中で、宇宙服を着た科学者達がサンドイッチをほおばるシーンが、なぜか好きで、そこだけ何度でも見ています。
マルクスは、下部構造が上部構造を決定するといいましたが、食べるって、言うまでもなく、とっても大事なことですよね。だって、私達の体は、すべて食べたものから作られていて、その体が、精神もつくりだすんですから。私は、いまこうして硫黄島について考えているんですけど、その思考も、実は1ヶ月くらい前に食べたゴーヤチャンプルから構成されているなんて思うのは、ピントはずれでしょうか?
そして、硫黄島で、ろくに食べ物もなく、文字通り必死に戦って死んでいった日本の兵隊さんたちは、多分いろんな思いがあったでしょうけど、本土にのこした家族には、腹いっぱい食べさせたいと思ってたんじゃないかな。
硫黄島からの手紙は、見るに辛い映画ですが、心に何かを残します。
byらいおんまる

8月は、日本人にとって、慰霊と鎮魂の季節。
昨年、公開された映画「硫黄島からの手紙」は、ハードボイルド俳優で広く名の知れたクリント・イーストウッドの監督作品です。
「ダーティ・ハリー」クリント・イーストウッド。
私は、この俳優のファンですが、映画監督としても、すばらしい才能の持ち主だと実感しました。
「硫黄島からの手紙」は、太平洋戦争中の硫黄島の激戦を、日本側から描いています。
なので、全編ほとんど日本語の映画。
アカデミー賞では、音響賞しか取りませんでしたが無理もない。
アメリカでは、字幕付きというスタイルが映画の見方として確立されていないそうです。
この映画では、また、渡辺謙、二宮和也、伊原剛志、中村獅童といった日本の俳優陣がすばらしい演技を見せてくれます。
とくに、二宮は、橋田すが子先生が絶賛したそうですが、おばちゃんの若い子ビイキではなく、確かに優れた熱演です。
(でも、「渡鬼」には出さないでね。。。)
ちょっと、ためらいがちなような、ちょっとニヒルで、ちょっとさめた演技は、織田ゆうじとかより格段上だと思います。
そのほかにも、はじめのほうで、栗林中将と対立して去っていく海軍の将軍役とか、知らない日本人の俳優でいい演技をする役者さんが何人もいて、何か新鮮な感じでいいです。
外国の映画で、日本人がでてくると、恥ずかしい思いをすることが少なくないのですが、イーストウッドは、ステレオタイプを廃し、非常にキチンと、かつ尊厳ある姿で、日本の軍人たちを描いていると思いました。
硫黄島からの手紙には、忘れがたいシーンがたくさんありますが、
私には、栗林中将(渡辺謙)がバロン西(伊原剛志)と食事をするシーンが印象に残っています。
そこで、カラのお皿が並べられているのですが、
それは、おかずは、兵と同じ1皿でよいと将軍が言っているのに、
「将校は3皿(みさら)」というルールのためなのです。
それでも、日本軍の食事なんてのは、実に質素なもので、
白米にタクワン、メザシというのが定番でしょう。
映画でも、お皿には、唯一のオカズとして、なんか実に貧相なものが、のっかってました。
一方、思い出すのが、フォルカー・シュレンドルフ監督&ジョン・マルコヴィッチ主演の映画「魔王」にでてくるフランス軍将校の食事風景です。
将校が、部下の兵卒にワインを給仕させつつ、優雅に豪華なディナーをとっているのですが、
いつの間にか、先回りした電撃作戦のドイツ軍兵士に包囲されている、、、というシーンでした。
「同じ釜の飯」といったりしますが、将校が兵隊と同じものを食べていない軍隊は、そうでない軍隊には勝てないだろうなとおもいます。
そういえば、私が前いた会社の忘年会がホテルであったとき、一般社員は、バイキングで立食でしたが、役員連中は別テーブルで、コース料理を食べてました。それって、有り得ないくらいに腐っていると思いません?
私には、映画の中にでてくる食事のシーンが、よく印象に残ります。
「2001年宇宙の旅」でも、月面を高速移動する宇宙船の中で、宇宙服を着た科学者達がサンドイッチをほおばるシーンが、なぜか好きで、そこだけ何度でも見ています。
マルクスは、下部構造が上部構造を決定するといいましたが、食べるって、言うまでもなく、とっても大事なことですよね。だって、私達の体は、すべて食べたものから作られていて、その体が、精神もつくりだすんですから。私は、いまこうして硫黄島について考えているんですけど、その思考も、実は1ヶ月くらい前に食べたゴーヤチャンプルから構成されているなんて思うのは、ピントはずれでしょうか?
そして、硫黄島で、ろくに食べ物もなく、文字通り必死に戦って死んでいった日本の兵隊さんたちは、多分いろんな思いがあったでしょうけど、本土にのこした家族には、腹いっぱい食べさせたいと思ってたんじゃないかな。
硫黄島からの手紙は、見るに辛い映画ですが、心に何かを残します。
byらいおんまる
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この記事へのコメント
昭和20年8月15日は昭和天皇陛下の玉音放送が日本臣民に向かって流された日です。
日本はこの日から6年8ヶ月の間アメリカ軍に占領された後、昭和27年4月28日にサンフランシスコ条約を締結して連合軍との戦争を終了、主権回復し独立します。
つまり、日本にとっての終戦は8月15日では無く4月28日なのです。
私達の先人達は、日本国の存亡、そして当時欧米列強にことごとく侵略され搾取虐待の限りを受けていたアジア民族を開放し独立させる為に戦い、その結果、アジア民族は開放され独立を成し遂げ多くの独立国が生まれました。
日本国は負けましたがアジア民族の解放を成し遂げ「負けて勝った」のです。
それは、アジア諸国が日本を賛美している事を見れば明らかです。
http://nandakorea.sakura.ne.jp/html/daitoua.html
*先の戦争は、日本という国の存亡とアジアの民族の解放を目指し戦った聖戦と言っても過言ではありません。*
アメリカは日本に対し民間人に対する原爆投下や無差別爆撃等といった国際法を無視した残虐な虐殺を数多く行いました。
http://www.medianetjapan.com/2/20/government/ikenaka/a.html
http://kakutatakaheri.blog73.fc2.com/blog-entry-708.html
昭和天皇陛下の玉音放送から63回目の8月15日、私は日本人として、私の国である日本国を護る為に命をかけて戦った英霊達に感謝する為に地元の護国神社に参拝に行って参りました。
http://soumoukukki.at.webry.info/200808/article_2.html
日本はこの日から6年8ヶ月の間アメリカ軍に占領された後、昭和27年4月28日にサンフランシスコ条約を締結して連合軍との戦争を終了、主権回復し独立します。
つまり、日本にとっての終戦は8月15日では無く4月28日なのです。
私達の先人達は、日本国の存亡、そして当時欧米列強にことごとく侵略され搾取虐待の限りを受けていたアジア民族を開放し独立させる為に戦い、その結果、アジア民族は開放され独立を成し遂げ多くの独立国が生まれました。
日本国は負けましたがアジア民族の解放を成し遂げ「負けて勝った」のです。
それは、アジア諸国が日本を賛美している事を見れば明らかです。
http://nandakorea.sakura.ne.jp/html/daitoua.html
*先の戦争は、日本という国の存亡とアジアの民族の解放を目指し戦った聖戦と言っても過言ではありません。*
アメリカは日本に対し民間人に対する原爆投下や無差別爆撃等といった国際法を無視した残虐な虐殺を数多く行いました。
http://www.medianetjapan.com/2/20/government/ikenaka/a.html
http://kakutatakaheri.blog73.fc2.com/blog-entry-708.html
昭和天皇陛下の玉音放送から63回目の8月15日、私は日本人として、私の国である日本国を護る為に命をかけて戦った英霊達に感謝する為に地元の護国神社に参拝に行って参りました。
http://soumoukukki.at.webry.info/200808/article_2.html
Posted by 草莽崛起
at 2008年08月18日 19:25
at 2008年08月18日 19:25草莽崛起さん、コメントありがとうございます!
熱い思いが伝わってまいりました。
難しいことはよくわかりませんが、ただ、祖国のために血を流し、命をささげたたくさんの人々。
その人たちのことは、決して忘れてはならず、感謝と尊敬の気持ちを持ち続けなければならないと思いました。
実家のほうにも忠魂碑があります。先日、帰省した折、きちんと手を合わせて参りました。
らいおんまる
熱い思いが伝わってまいりました。
難しいことはよくわかりませんが、ただ、祖国のために血を流し、命をささげたたくさんの人々。
その人たちのことは、決して忘れてはならず、感謝と尊敬の気持ちを持ち続けなければならないと思いました。
実家のほうにも忠魂碑があります。先日、帰省した折、きちんと手を合わせて参りました。
らいおんまる
Posted by コメントありがとうございます! at 2008年08月19日 23:01


